「ひとこと」カテゴリーアーカイブ

お礼状をいただきました その4

先日、菊一包永本店でお買物をされた小学校の方から、お礼のお手紙をいただきました。

当店でお買物を楽しんでいただいたのですが、そのあと購入されたお土産をなくされ、どうしても見つからず、お困りのお客様でした。

文面を読ませていただくと、無事ご家族にお土産を渡され、喜んでいただいた様子。当店スタッフ皆が安堵し喜んでおります。

お礼のお手紙1
お礼のお手紙1
お礼のお手紙2
お礼のお手紙2

可愛いアイロンビーズで作った作品も同封していただきました。可愛い鹿さんですね。ありがとうございます。

お礼の鹿
お礼にいただいた鹿さん。角や背中の毛の色が違うところなど、しっかり観察されて作られています。

 

当店へは、遠足や修学旅行、観光旅行のお客様が多くいらっしゃいます。皆さまの旅が楽しく、いい思い出が残るように、これからも心掛けてまいります。

うれしいお手紙を、本当にありがとうございました。

菊一店内の様子
当店で、少しでも気持ちよく過ごしていただけますように・・・

 

お礼状をいただきました その3

先日、春季遠足で 菊一文珠四郎包永 本店内の「永楽」(団体のお客様向けレストラン)にお越しいただいた小学校の皆さまから、お礼状を頂きました。当店で楽しんでいただけたようで良かったです。

皆さまからのお手紙を励みに、これからもお客様にご満足いただけるおもてなしができるよう努めてまいります。
心温まるメッセージをどうもありがとうございました。

お礼のお手紙
お礼のお手紙をいただきました。元気が出ます。

菊一文珠四郎包永 伝聞 No2 大和五派 手搔 包永

弊社は鎌倉時代の 手掻派刀工「包永(かねなが)」を祖にもち、その技を現在まで受け継ぐ打刃物を製造・販売しています。

前回、菊一文珠四郎包永 伝聞 NO1では、「包永(かねなが)」が残した刀をご紹介しました。今回はそんな手搔派 文珠四郎包永 の名前にかかわるお話です。


まずは、「手搔派」について

大和の国(奈良)には、大和五派(やまとごは)といわれる刀工集団がおりました。
千手院(せんじゅいん)、尻懸(しっかけ)、当麻(たいま)、保昌(ほうしょう)、手掻(てがい)です。

包永は「手搔派」ですが、この名称は、初代包永(平三郎)が、鎌倉時代後期、東大寺の転害門(てがいもん)付近に住んでいたことが由来になっています。

転害門
国宝 転害門 平家の兵火、三好・松永の戦いの2回の戦火にも焼け残った、奈良時代の貴重な建物です

転害門(てがいもん)は、東大寺の西側にあり、「碾磑門」「手掻門」「手貝門」と色々な漢字が使われており、包永一門はここから手掻派と呼ばれるようになったようです。

ちなみに、「手搔」の由来は・・・
高僧 行基が、大仏開眼供養会(752年)のため、インドからいらした僧侶たちを転害門で出迎えた時に、手を掻くように動かして招き入れたことからつけられたといわれています。到着を心待ちにされていたんですね。

包永一族は長きにわたりこの地に住んでいたようで、転害門前には、包永町という町名がいまも残っています。


では、次になぜ名前に「文珠」がついたのかのお話です。

包永の子(別説では孫)も、四郎左衛門も刀工となり、日々作刀の修行をしておりましたが、同時に般若寺に足しげく通う、信仰心の熱い方だったようです。

般若寺 楼門
国宝 般若寺 楼門 昨年秋の風景。爽やかな風が吹いていました。

般若寺 寺伝によると、四郎左衛門がご本尊の文殊菩薩像に立派な刀を作りたいと心より祈願したところ、文殊様の化身が現れて、四郎と一緒に見事な刀を作り上げたとのこと。この功績で、般若寺より、文珠を名乗ることを許され、その後、文珠四郎と名乗るようになったと伝わっています。

当社では、この時作成した刀が、現在、静嘉堂文庫美術館に所蔵されている太刀(国宝)と伝えられています。

刀鍛冶
刀工 文珠四郎をイメージした弊社のロゴ

 


また、文珠四郎にかかわる伝説が、若草山麓の野上神社にも残っています。

野上神社
野上神社 奥が若草山。

野上神社は、毎年行われる山焼き行事の無事を祈願する、重要なお社で、山焼きの際は、このお社で祭典を行ってから山に点火されます。
御祭神は、「草野姫命(くさのひめのみこと)」、火の神様です。

野上神社
野上神社 金床石と四郎試し切りの石

その野上神社の東側(写真 お社の右側)にある方形の石が、文珠四郎が刀を作る際に使用した金床石、西側(写真 お社の左奥側)にある石は、文珠四郎の刀で切りつけた石といわれています。

野上神社
お社の左後ろにある、文珠四郎が試し切りをしたといわれる岩 切れ目が見えます

この伝説は、江戸期まで言い伝えられていたようで、江戸時代の尊皇派 高山彦九郎の「甲午春旅日記」に、野上神社のことが、以下のように書き残されています。

~安永三年(1774)二月十五日~
「山下に文殊四郎の社有、東の方たかくとこ石、西の方にこしらへし刀をこころみし石也とてきれて有り」


昔から変わらず、野上神社は若草山のふもとに鎮座されています。爽やかな風が吹き抜け、悠久の歴史を感じることができる所です。

奈良公園にいらした際は、ぜひ立ち寄られてはいかがでしょうか?

野上神社
左側すぐそばにある建物は若草山南ゲートです。

 

参考文献:

「奈良市史 工芸編」 編集者 奈良市史編集審議会
「春日大社のすべて」 著 者 花山院 弘匡

春日鹿まんじゅう かのこ  好評発売中

9月16日(金)に、春日大社奉納後、発売を開始いたしました 「春日鹿まんじゅう かのこ」は、新聞各紙に掲載していただき、予想以上の反響で、スタッフ一同大変喜んでおります。

春日鹿まんじゅう
春日鹿まんじゅう

新聞をみて、「食べてみたくって」とお買い求めに来ていただいたお客様、食べて「おいしかったよ」といってくださるお客様。本当にありがとうございます。

奈良市商店街振興会 様 には、9月27日(火)の「お客様感謝イベント 第10回ならまち演芸」での景品として多数ご購入していただきました。「おいしいし、奈良らしいお菓子で、プレゼントにピッタリ」とうれしいお言葉をいただいています。

ならまち演芸
ならまち演芸 抽選会の様子。会場の笑いが絶えません。リニ―君も登場です。

店舗によっては、品切れが発生してしまい大変ご迷惑をおかけしております。現在、生産量を増やし対応しておりますので、何卒ご容赦のほどお願いいたします。

今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

■関連記事(2016年9月掲載分)
奈良新聞社   (9月17日付)
奈良日日新聞  (9月23日付)
読売新聞     (9月29日付)

2016年秋 台湾大商談会

先日、台湾の台北市、台中市、高雄市の3都市に出張に行ってきました。奈良にたくさんの方が観光に来ていただけるよう、奈良の魅力をたくさん語り、弊社の商品もご紹介して、台湾の方とも色々とお話できた、実りの多い出張でした。

taiwan
台湾 3か所で商談してきました。

写真は商談開始前のものが多く、閑散としているように見えますが、どの会場も多くの方に来ていただき大盛況でした。

taihoku
台北市にて  商談開始前の様子。準備はOK
taityu
台中市にて・・・・いろいろ話が進んでいるようです
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高雄市にて・・・弊社商品のご紹介(春日鹿まんじゅう かのこ、しかまろくん 三笠焼き、菊一文珠四郎包永の爪切りなど)

台湾の方は、本当に穏やかで、優しい方ばかりでした。お料理もおいしく、今度は仕事でなく観光で遊びに行きたいですね。

奈良も負けないよう、頑張ります!!
旅行を計画中の方、ぜひ、奈良へお越しください。
楽しい旅の思い出ができるよう、鹿さんと一緒にお待ちしています。

菊一文珠四郎包永 伝聞 No.1

当店「菊一文珠四郎包永(きくいちもんじゅしろうかねなが)」は、読みにくい店名のためか、お店の歴史・由来等をよく聞かれます。菊一ブログでは、これから何回かに分けて、伝え聞いた当店の歴史についてご紹介します。
 今回は、「包永(かねなが)」について
菊一文珠四郎包永 本店
菊一文珠四郎包永 本店

「包永」は鎌倉時代より名品を残してきた刀工(刀鍛冶)達です。特に鎌倉時代から三代にかけて、下記のような、「包永」銘の太刀(国宝1、重文6)を残しています。(文化庁 国指定文化財データベースより)

 国宝・・・・・・・・・・東京都 公益財団法人静嘉堂文庫
重要文化財・・・・東京国立博物館文化庁分室、 四条畷神社、姫路神社、個人所有

太刀
太刀(イラスト)
また、大正時代に出版された「詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形」(国立国会図書館デジタルコレクション蔵)には、「名物(とくに姿が優れているもの)」が二振り掲載されています。
  【児手柏(このてがしわ)】
児手柏
児手柏

刃の面がそれぞれ異なる刀だったようです。前出「詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形」に、刃紋が残されていました。

この刀の名は、大和奈良坂にある「児手柏」の木の葉のように表と裏の模様が異なるため、この名がついたとのこと。この「児手柏」は奈良豆彦神社にあったそうですが、昭和二十七年(1952)に枯れてしまったようです。

「児手柏」は戦国時代、細川幽斉が所有し、子に伝わったものを、家康が熱望し銀500貫で譲りうけ、その後、家康より水戸家へ渡り、関東大震災で焼身したと伝わっているようです。当店では、江戸城が火災に見舞われた折に、消失したとも伝わっています。
【白樫(しらかし)】
白樫という山伏がこの刀を所有していたようで、その後、寛永3年、毛利家から京極家へ伝わったとのこと。ただ、どのような太刀だったのか、残念ながら詳しい資料が残されていません。

今回は「包永」銘の太刀等をご紹介しました。刀の焼身・消失などが数多くあり、少ない資料の中には、色々な説が見受けられ、歴史の長さを感じさせられます。
はっきりとしない事も多いので、今後も調べていく予定です。

 

次の機会には、「包永」と縁が深い「転害門(てがいもん)」のお話を予定しています。

2016年 奈良公園の風景  雨の若草山

菊一文珠四郎包永 本店  は若草山そばにあり、スタッフは四季を通じて自然の美しさ、鹿さんのしぐさに、いつも癒されています。

鹿さんは雨が大好きなようです。

昨日はあいにくの雨でしたが、若草山にたくさん集まり、草を食んだり、走ったりと、自由気ままに過ごしていました。

雨の若草山
雨が降っていますが、鹿さんは気にしていない様子。
雨の若草山2
雨の中、草をモリモリ食べているようです。

中には濡れるのが嫌いな鹿さんもいらっしゃるようですが・・・

雨宿りしている鹿さん
お店の軒先に陣取って雨宿り中・・・・

若草山へは、「ぐるっとバス」がとても便利です。おもに土・日祝日のみの運行ですが、JR奈良駅、近鉄奈良駅からの乗車で、料金が100円とお得です。「若草山麓」が最寄のバス停になります。

8月は、平日に運行されることもありますので、奈良観光のご予定のある方は「ぐるっとバスのご案内」をどうぞご覧ください。

菊一文珠四郎包永 本店
菊一文珠四郎包永 本店

若草山のふもとにある、菊一文珠四郎包永本店では、お店入口にミスト・店内に無料休憩所がありますので、店内で刃物の実演などを見ながらゆっくりと涼をお取りいただけます。

若草山散策の際はぜひご利用ください。

お礼状をいただきました(2)

石川県の中学校の先生と生徒の皆さまからもお礼状をいただきました。心のこもったたくさんのメッセージ、どうもありがとうございました。

修学旅行の思い出とともに当店のことを思い起こしていただき、とてもうれしく思います。

皆さまからの温かいお手紙を励みに、これからもお客様にご満足いただけるおもてなしができるよう努めてまいります。

お礼状をいただきました

先日修学旅行で本店にお越しいただいた富山県の中学校の校長先生と生徒の皆さまからお礼状が届きました。心温まるメッセージにスタッフ一同感激しております。どうもありがとうございました。

団体のお客さまが複数いらっしゃって、サービスが行き届かなかった点もあるかと思いますが、生徒の皆さまに喜んでいただけて大変うれしく思います。